ハードウェアメーカーがビール屋さんになるために必要なこと

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去る1月7日、ラスベガスで毎年1月に開催される世界最大規模の家電見本市「CES」に合わせて、クラフトビールの自動補充サービス「DrinkShift」を発表しました。WEAR SPACEやHomeX Displayなど、パナソニックと共同でリリースした製品はありますが、Shiftall独自で企画した製品・サービスとしてはこれが初となります。

DrinkShift
https://drinkshift.com/

サービスの詳細やこのサービスを開始するに至った経緯などは、ちょうど本日Impress Watchに取材していただいたインタビューが公開されていますのでぜひお読み下さい。

“ビールが無い”からの解放。消費者を学ぶ冷蔵庫サービス「DrinkShift」 – ImpressWatch
https://www.watch.impress.co.jp/docs/topic/1166111.html

上記のインタビューでも説明している通り、Shiftallブランドの第1弾はハードウェア単体ではなく、アプリやWebサービス、さらに物流も踏めたサービスなのですが、お酒を取り扱う上で必要不可欠なのが免許の取得です。

Shiftallのメンバーはこれまでハードウェアの販売でECサイトの運営経験はあるものの、お酒はもちろん飲食物を取り扱うのは今回が初めて。サービスを発表したはいいが肝心の免許が取れなくて事業が展開できない……、ということのないよう、お酒の免許についても事前にいろいろと調査し、現在は免許取得に向けて申請中です。

今回はそんなお酒の免許取得にまつわるエピソードをまとめてみました。お酒のビジネスを考えていなくても興味深い話題などもありますので、よろしければお読み下さい。長くなりますので下記の見出しをクリックしていただくと該当の箇所にジャンプします。

餅は餅屋、お酒の免許は税務署に聞こう

DrinkShiftを立ち上げるまでは、お酒の販売は「何かしら免許がいるらしい」という程度のふわっとした知識だったので、まずはなにをすべきかをWebで調査。「お酒 免許」でいろいろと検索したところ、お酒の免許については国税庁が担当のようです。

免許申請の手引|国税庁
https://www.nta.go.jp/taxes/sake/menkyo/tebiki/mokuji2.htm

上記サイトを見ると

酒税やお酒の免許(販売や製造)に関するご相談は、各地域の税務署にお問い合わせください。

とあるので、Webページから最寄りの税務署の連絡先へ電話し、「今度お酒を販売したいので詳細を教えてください」と、お願いし、お酒を販売するための免許に関するあれこれを詳しく教えていただくことにしました。

酒税とお酒の免許に関するご質問やご相談等について|国税庁 https://www.nta.go.jp/about/organization/tokyo/sake/sakerui/shitsumon/index.htm

なお、これはお酒に限らず免許や許諾が必要な製品やサービスについては、あれこれ自分でしらべるより担当に聞いてしまうほうがより早く正確な情報を手に入れられるのでおすすめです。

販売形態で難易度が異なるお酒の免許

お酒を販売するための免許は、正式には「酒類販売免許(しゅるいはんばいめんきょ)」と言い、「酒販免許」と略されることもあるようです。この免許は大きく分けるとお酒を買いたい人へ直接お酒を売る「小売」、お酒を販売する業者へお酒を売る「卸売」の2つがあり、Shiftallが今回必要なのは前者である小売のための酒類販売免許になります。

小売か卸かによって免許取得の難易度は異なっており、卸の場合は年間の最低販売量が定められていたり、条件を満たしたとしても免許を得るには抽選で選ばれる必要があるなどハードルが高めです。なお、これは完全に余談ではありますが、抽選状況を見るとすべてのお酒を扱える卸売免許は倍率が高いものの、ビールだけを卸売できる免許はそもそもの応募数が少なく、条件を満たして応募すればほぼ手に入りそうな状況です。

全酒類卸売業免許及びビール卸売業免許の抽選対象申請期間における申請等の状況(平成30免許年度)|国税庁
https://www.nta.go.jp/about/organization/tokyo/sake/sake_beer/index.htm

今回Shiftallが取得する酒販小売免許は、さらにお店で実際に販売するための「一般種類小売業免許」と、インターネットなどで通信販売を行うための「通信販売小売業免許」の2つに分かれており、インターネット上で注文を受けてビールを発送するDrinkShiftに必要なのは後者の「通信販売小売業免許」になります。

税務署の担当官にお伺いしたところ、通信販売小売業免許については卸売のような抽選はなく、「過去に法令違反した社員がいない」「直近3年度に大幅な赤字がない」といった条件をクリアした上で、必要な書類をきちんとそろえて提出さえすれば基本的には取得できるとのこと。免許を取得する前に「これからお酒の事業を始めます」とアナウンスするのも問題ないそうですです(もりろん、アナウンスしたはいいが実際には免許が取得できなかった、というのは自己責任ですが)。

大手のビールは売れない!? 新規事業者に立ちはだかる法律の壁

なお、酒類販売免許を無事に取得しても、何でもビールを売ることができるわけではありません。というのも、酒税法には下記のような要件が定められているからです。

酒税法 10 条 11 号関係の要件(需給調整要件)
酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため酒類の販売業免許を与えることが適当でないと認められる場合に該当しないこと

具体的には、国産種類のうち前会計年度の出荷数量(厳密には「課税移出数量」)が3000キロリットルを超えるメーカーのお酒は取り扱いできません。つまり、コンビニやスーパーで当たり前のように並んでいる、日本を代表する大手ビールメーカーが作ったビールはDrinkShiftで取り扱うことができないのです(なお、この法律は国産酒類のみが対象であり、海外で作られたビールについては適用外となります)。

それではDrinkShiftがメインターゲットとしているクラフトビール市場はどうなのでしょうか。これについては2018年に東京商工リサーチが行った「地ビールメーカー動向調査」があります。

第9回 地ビールメーカー動向調査 : 東京商工リサーチ
http://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20181010_02.html

アンケートによる調査のためすべてのメーカーのデータが掲載されているわけではありませんが、ほとんどのメーカーが2,000キロリットル以下、数百キロリットル台であることを考えると、実際に取引していただけるかどうかは別として、取得した免許で大手ビールメーカー以外のクラフトビールを取り扱うことそのものは可能、ということになります。

新規事業者でも大手ビールが取り扱える“裏技”とは

なお、この「3000キロリットル未満」の条件は、これからインターネットでお酒を売りたい、という事業者であれば基本的に対象となるのですが、抜け道、裏技とでもいうべき方法で、新規事業者でもインターネットですべての国産酒を販売する方法があります。

それは「平成元年(1989年)よりも前に免許を取得した販売店を買い取ってしまう」という手法。なぜならこの3000キロリットル未満という制限は1989年に制定されたもので、それよりも前に免許を取得した販売店はこうした制限の対象外であり、どのビールでも売ることができる“最強の免許”を持っているからです。

大手のECサイト事業者はこの手法を利用し、古くから免許を取得している酒屋を傘下にすることで大手ビールメーカーのお酒を取り扱っているようです。詳しくはこちらの記事をお読みください。

【わかりやすいSAKEニュース】Amazonが獲得した酒販「幻の免許」とは? | 日本酒専門WEBメディア「SAKETIMES」
https://jp.sake-times.com/think/study/sake_license_amazon

本来この法律は「酒類の需給の均衡を維持する必要があるため」に制定されたとのことですが、現実としては酒屋ごと買収できるような大企業だけが大手ビールメーカーを扱い、それ以外の新規業者は対象外、という格差が生まれているのが実情です。1989年といえばインターネットも普及していなかった時代であり、インターネットでの通信販売が当たり前の存在となった現状においては、時代に合った法律の改正もお願いしたいところです。

お酒の販売免許に必要なコスト

酒類販売免許を取得するのに必要なコストも紹介しておきます。免許自体のコストは非常に安く、取得の費用は3万円で、更新の必要もありません。

また、酒類販売免許を取得するには会社の取締役以上に最低1人、さらに販売管理者が1人、研修を受ける必要があります(取締役が販売管理者を兼ねる場合は1人でかまいません)。こちらは免許取得のタイミングに加え、3年ごとに更新する必要がありますが、研修費用は数千円程度なので、更新を忘れなければコスト的に大きいものではありません。

免許取得の直接的なコストは上記のみですが、このほか法人の登記事項証明書や住民票といった証明書類の取得費用や、それらを取り揃える人件費といったコストももちろん発生します。また、これまでお酒を取り扱ったことがない事業者の場合は、会社の定款に「お酒を販売すること」という旨を記載する必要があります。会社によっては単なる金銭的コストよりもこの定款変更のほうが手間がかかるかもしれません。

免許を取るのが大変そう……、という人は、行政書士にお願いするという方法もあります。Webで「お酒 免許」と検索するだけでもいくつも行政書士のサイトが見つかりますので、Webで探すもよし、身近な行政書士にお願いして見るもよし、いろいろと検討してみてください。

最後に

冒頭でも述べたとおり、酒類販売免許については昨年末から準備を進めており、予定通りに進めば来年度からお酒の取り扱いが可能になる見込みです。DrinkShiftのサービス開始は2019年中、ともう少し先なのですが、免許を取得すれば先行モニターや実証実験といった施策も可能になりますので、サービス開始に向けていろいろな取り組みを検討していく予定です。

また、DrinkShiftのサービスローンチに向けてDrinkShiftブログも新たに開設しました。製品やサービスの開発進捗はもちろん、取り扱い予定のビール銘柄、クラフトビールに関する情報などもこちらのブログで発信していきますので、Shiftallブログともどもどうぞよろしくお願いいたします。